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大人になっても“心”は特別 — 先天性心疾患の成人移行期医療を考える

かつて「先天性心疾患」と診断されると、多くの親が顔を曇らせ、医師も慎重に言葉を選んだ時代がありました。しかし、手術や薬物療法、集中治療の進歩によって、今では約9割以上の先天性心疾患の子どもたちが成人を迎えるようになりました。
とてもいいことです。──が、ここで一言。「成人になったからといって、心臓の心配から“卒業”できるわけではありません!」

子ども病院を巣立った先には、「成人先天性心疾患(ACHD: Adult Congenital Heart Disease)」という新たなステージが待っています。つまり“治った”ではなく、“上手につきあいながら生きていく”ことを考えていかなければなりません。

 

小児科から内科へ──「医療の思春期」問題

思春期といえば、反抗期・声変わり・恋の悩みなどがつきものですが、医療にも思春期があるのをご存じでしょうか。
それが「移行期医療(transition medicine)」です。

小児科の先生方は、子どもたちの心臓を診るだけでなく、親の不安にも寄り添い、学校生活や成長発達のことまで気にかけてくれます。いわば“人生の伴走者”。
しかし成人すれば、通院先は内科や循環器内科へ。そこで待つのは「自己管理を前提とした医療の世界」です。

患者さんの中にはこう言う方もいます。

「内科の先生、冷たいんです。血圧の話ばっかりで、私の心配は聞いてくれない!」

もちろん内科医も冷たいわけではなく、単に“文化が違う”のです。小児科が「家庭的な診療」なら、内科は「自立した個人への支援」。つまり、医療の言語と価値観が変わるわけです。
このギャップを埋めるのが「移行期支援」なのですが、これがなかなか難しい。

 

「引っ越し」と「お引き継ぎ」は似て非なるもの

たとえば引っ越しを思い出してください。荷造りして、電気・水道を止めて、新居に挨拶──終わったと思ったら、古い家の郵便物がまだ届いていたりする。

医療の移行も同じです。カルテを渡して「はい終わり」ではなく、治療の背景、成長の経過、家族の思い、生活の癖まで、新しい主治医に“ちゃんと届く”ことが大事です。

「先天性心疾患」は、形や程度が人それぞれ。手術で“形”は治っても、“後遺症”や“合併症のリスク”が残る場合もあります。たとえば、

  • 弁逆流や狭窄の再発
  • 不整脈の出現
  • 妊娠・出産への配慮
  • 心不全や肺高血圧の管理
    などなど。

こうしたリスクを理解し、長期的にフォローするには、小児循環器と成人循環器のチーム連携が欠かせません。

 

「まだ若いから大丈夫」じゃない、“若いからこそ大事”

成人先天性心疾患の患者さんは、20〜40代で一見とても元気です。社会に出て、仕事をして、恋をして、結婚して──まさに“普通の生活”。

しかしその「普通」が、時に落とし穴になります。

  • 仕事が忙しくて通院を忘れる
  • 引っ越しや転職で病院が変わり、継続フォローが中断
  • 妊娠を考える時に、心臓への負担を相談できる医師がいない

こうした“医療の空白期間”こそ、移行期の最大のリスクです。
特に女性の妊娠・出産は重要なテーマで、病型によっては心臓に大きな負担をかけることもあります。適切な時期に相談し、**「妊娠前カウンセリング」**を受けることが安全の第一歩です。

 

「病気と生きる」から「病気を連れて生きる」へ

最近はSNSでも、先天性心疾患をもつ大人たちが自らの経験を共有し、コミュニティを作っています。
「ペースメーカーのある人生も悪くない」
「手術痕も、私の勲章です」

こうした言葉は、医療従事者にも勇気をくれます。
病気と“戦う”時代から、“ともに歩む”時代へ。移行期医療のゴールは、「医療の自立」ではなく「人生の自立」なのかもしれません。

 

医療者側の課題──“子どもを手放す親心”と“受け取る覚悟”

小児科医にとって、長年診てきた患者を手放すのは、まるで娘をお嫁に出すような気持ちです。
「この子のこと、どうかよろしくお願いしますね」と言いたくなる。
一方、受け取る成人診療科の医師にとっては、「ちょっと変わった患者さんが来たな」と最初は戸惑うことも。

でも大丈夫。
最近は、成人先天性心疾患専門外来移行期支援チームを設置する病院が増えています。カンファレンスで小児・成人の医師が情報共有を行い、看護師・心理士・ソーシャルワーカーが連携して支援する体制が整いつつあります。
これこそ、“医療のバトンリレー”。

 

「心臓に病気がある」より、「心に支えがある」社会へ

最後に少し哲学的な話を。
先天性心疾患をもつ人々は、文字通り“心”に特別な形を持って生まれてきました。
でも、その心が「弱い」わけではありません。むしろ、

  • 幼い頃から自分の体と向き合う力
  • 周囲の支えに感謝する優しさ
  • 日常を大切に生きる知恵
    を身につけている人が多いのです。

医療が支えるのは「心臓の鼓動」だけではなく、「人生のリズム」。
それを絶やさず奏で続けるために、医療・家族・社会が一緒にハーモニーを作る。

移行期医療とは、言い換えれば“人生のセカンドステージのオーケストラ作り”なのかもしれません。

 

おわりに:いつまでも“心”にユーモアを

医療の話はつい真面目になりがちですが、心臓も笑うと元気になります。
心拍数が少し上がるくらい、楽しいことがあっていいじゃないですか。

大事なのは、病気を理由に「できない」と思わないこと。
そして、「自分のペースで生きていい」と信じること。

心臓が一つしかないからこそ、
その鼓動を、できるだけ軽やかに、リズミカルに刻んでいきましょう。